エコロジー研究会
経営管理イノベーション
エコロジー研究会 会長  井上 健雄
エコロジー研究会(H20.8.27)より

■はじめに

 今回のエコロジー研究会のテーマは「エコマネジメント戦略」ですが、企業や集団がいかに環境に良い行動をするかという場合に、トップマネジメントの意思決定なしにはなかなかうまくいきません。ですから、経営管理イノベーションとしてエコマネジメントをお話ししようと思います。

 まず、世界一の自動車メーカー、トヨタのお話をしましょう。
 トヨタ自動車がどんどん伸びていっているので、アメリカは20年前から、各自動車メーカーの幹部を総勢で6000人位、日本に送り込んでトヨタの研究をしているんです。
 20年前に最初に来た人たちは、トヨタの欠陥率が低いのは、1ケタ間違えて計算しているんだ、と理解したそうです。その5年後に来た人たちは、家族主義など日本独自の文化によって形成されている企業文化で、アメリカには馴染まないし、いずれ問題が出るだろう、と考えました。
 そしてさらに10年後、今から5年ぐらい前になってやっと、製造プロセスが変わっているんじゃないかと気がついたんです。サプライヤーを中心とするジャストインタイムが日本の自動車産業のキーになることを発見したのです。現在では、トヨタが成功した理由は現場の能力とリーダーシップだと理解されています。
 このように、20年も前から6000人もの人間を送り込んでも、一つも真似ができなかったというのが現状なんです。
 今日は3つの会社のイノベーションについてお話します。皆さんは今日の話を聞かれて、経営管理イノベーションをそれぞれの立場で実現して戴ければと思います。


■W.L.ゴア&アソシエーツ (トップによる改革)

 まずはじめに、イノベーションの根幹として民主主義を築くということで、成功しているW.L.ゴア&アソシエーツの事例をお話しします。皆さんはゴアテックスという防水ラミネート生地をよくご存知だと思いますが、それを開発した会社です。

 W.L.ゴア&アソシエーツは、デュポンにつとめていたビル・ゴアが設立しました。
 ビル・ゴアは、デュポンの伝統的なビジネスモデル、つまり基礎工業資材の大規模生産について、PTFE(Polytetrafluoroethylene、フッ素樹脂)のような新しい素材について非常に消極的だと感じていました。
 そこで1958年にデュポンを退職して設立したのがW.L.Gore&Associatesです。
 イノベーションを大切にする会社を築きたい。想像力と自発性が大きく羽ばたき、好奇心旺盛なエンジニアが自由に創造し、資金を投入し、成功することができる会社を築きたい。
 このような理念で設立され、現在は年間売り上げ21億ドル、世界各地の45工場に8000人の社員を擁する組織です。
 ポイントは、大企業でありながら新規企業のように行動し、かつ利益を上げている会社だということです。

 ビル・ゴアが影響を受けた経営理念は、ダグラス・マクレガーの「Y理論」です。
 従来の定説は、「社員は怠け者で、仕事に関心がなく、金銭によってのみ動く」という「X理論」で、デュポンもそのような考えで動いていました。
 しかし彼は、「人間を、仕事に意味を見出し、自ら進んで問題解決に取り組むものとみなす」という「Y理論」に則って企業を創造しました。マクレガーは「Y理論」が未来の好ましい経営手法になると主張しています。
 余談ですが、最近ではX・Y理論を超えて、終身雇用やコンセンサスによる決定、品質重視などを含んだ「Z理論」というのも出てきています。


■イノベーションの課題と挑戦

 経営管理イノベーションを行おうとすると、様々な課題が出てきます。これらの課題に対し、ビル・ゴアはどのように対処したのでしょうか。

 まず、会社の全ての人間をイノベーターとして参加させるにはどうすれば良いか。
 一つの答えは階層をなくすということです。
 それから、イノベーションは誰でも生み出すことができるという信念を絶えず強化します。ほとんどの会社のトップが、「眼がキラキラした人は夢想家で、我々はもっと現実的に考え、実行できる人を求めているんだ」と言っていますが、これは錯覚です。皆さんの会社でも、眼がキラキラした社員がいたら、それは夢想家ではなく、本当は改革家なんです。
 そして、そのような創造的プロセスを促進するために、様々なスキルの社員を同じ場所で働かせています。

 次に、経営陣の空疎な信念がイノベーションを妨げないようにするにはどうするか。
 経営陣は現実的な意思決定者だと思いますが、空疎な信念しか持っていないんです。ということは、経営陣の承認を受けるようなプロセスをもっていると、企業は良くなりません。経営陣の承認なしに新しいプロジェクトを開始できるようにして、階層をできるだけ少なくする必要があります。資源の配分についても、階層にとらわれず、仲間を主体とするプロセスを用いることが重要です。

 また、誰もが全力で働いているときに、イノベーションの時間と余地を産み出すにはどうすれば良いか。
 ビル・ゴアの会社では、社員の10%を、通常なら予算がつかないプロジェクトや検討対象にならないプロジェクトに自由に取り組ませています。そして新しいアイデアに熟成の時間をたっぷり与えています。

 最近では、このような取り組みに効果があると知られていますが、ビル・ゴアは1958年に取り組んだんです。
 ビル・ゴアの会社では、組織は階層構造ではなく、格子構造になりました。いわゆるマトリックス組織です。格子型組織では、あらゆる個人が他のあらゆる個人と結びつき、情報が仲介者によってフィルターにかけられることがありません。社員は上司のためではなく同僚のために仕事をし、積極的に協働することができます。
 管理職がなく、肩書きのある者もほとんどいない。上司がいる者もひとりもおらず、組織図もない。業務の中心単位は小規模の自己管理型チームで、「利益を上げることと楽しむこと」を共通の目標とする。ビル・ゴアはそんな組織を創ったんです。


■たゆみないイノベーションの実現

 皆さんの会社でも、たまには常識破りのイノベーションができるかもしれませんが、ビル・ゴアの会社で実現できたのは、「たゆみない常識破りのイノベーション」です。
 このようなイノベーションはどうやって生まれているのでしょうか。

 先ほど、社員の10%を通常なら予算がつかないプロジェクトに充てると言いましたが、それ以外にも、全ての社員が週に半日の「遊びの時間」を与えられています。もちろんテレビを見るなどの遊びではなく、自分の好きなプロジェクトに充てる時間です。
 W.L.ゴアの製品面でのブレークスルーは、ほとんどここから生まれたと言われています。冒頭に紹介したゴアテックスも、ビル・ゴアの息子ボブ・ゴアが、この時間を使って開発しました。
 社員はこれらのプロジェクトに自発的に参加し、新入社員でも最初のチームに参加してから2〜3か月足らずで、別のプロジェクトにも参加するように勧められます。

 職能やチームを超えた緊密なコミュニケーションができるように、工場は同じ場所に集中させています。
 さらに、社員が重要な決定を行うモチベーションを保つために、施設や工場の規模は200人以下としています。
 すべての社員は年に一度、同僚による包括的ピアレビュー(評価)を受けます。
 そして入社1年後から給与の12%を株式で与えられ、全ての社員が株主となります。

 このような取り組みは、「ギフト経済」と言われています。
 会社は能力のある未来の企業家に、新しい機会と時間、お金などのギフトをする。その結果、社員はその仕事にコミットメントと情熱と意識をもって取り組むので、十分元が取れるということです。

 経営管理イノベーションは、往々にして権力配分を変化させます。だから誰もが取り組むような顔をして、いざやりだすと、自分の権力がなくなるから取り組めないんです。一番の敵はトップです。何10人、何1000人もの部下がいなくなってしまう。
 ですから、誰もが熱心に取り組むと期待してはいけませんし、そのような人をどうやって巻き込んでいくかが重要となります。

 それから経営管理イノベーションは、短期的にはコストが便益よりも上がってしまうことがあるんです。これをどのようにクリアするかもポイントです。
 先ほども少し申し上げたとおり、ビル・ゴアの会社では工場を集中させていますが、一般的に地続き3倍といって、土地の値段が高くなるんです。またひとつの工場を200人以下としていますが、例えば500人にするなど、集中した方が必ずコストは下がるんです。
 なぜわざわざコストをかけるかというと、長期的に見れば、工場同士が協力したり社員のモチベーションを高めたりする方が、便益が大きいからです。
 このような長期的視点をもって、臆病になることなく、経営管理イノベーションを進めて戴ければと思います。


■ベストバイ (ミドルによる改革)

 次に、家電小売企業ベストバイの事例を紹介します。
 先ほどのW.L.ゴア&アソシエーツはトップが改革したトップダウンの事例でしたが、これは中堅が改革したミドルアウトの事例です。

 改革を起こしたのは、ブランドマーケティング部長のジェフ・セバーツです。
 セバーツの仕事は、売上予測に従って宣伝活動をすることでした。当時のベストバイでは、売上目標の達成は宣伝広告にかかっていると考えられていましたので、目標達成できずに怒られるのは、いつもセバーツでした。
 セバーツは理不尽に思い、目標が達成できないのは宣伝のせいではなく、目標そのもの、つまり売上予測が間違っているのではないかと考えました。売上予測はバイヤーチームが12カ月のローリングベースでたてていましたが、30日先の予測でさえ、10%以上外れることも珍しくなかったんです。

 セバーツは、売上のように多くの変数に左右される事象の予測は、少数の専門家よりも、群衆の方が優れているのではないかと考えました。一人ひとりはわずかな情報しか持っていなくても、多様な人間がたくさん集まった方が、結果的に多様な情報がたくさん集まるというわけです。
 しかし、売上予測は財務や人事など、いくつもの重要な経営管理システムと絡み合っているので、大きな変更を提案すれば激しい抵抗を受けるのは必至です。
 セバーツはどのようにして、改革を成功させたのでしょうか。

 2005年1月、セバーツは50ドルの賞金を用意し、数百人の社員にギフトカードの売り上げ予測を呼びかけました。その結果、専門家チームの予測には5%の誤差があったのに対し、192人の群衆の予測では、たった0.5%の誤差でした。
 さらに2005年8月、今度は100ドルの賞金を用意し、全社員にホリデーシーズンの売り上げ予測を呼びかけました。毎週1回の修正予測を14週実施したところ、第1回目の予測では専門家チームで7%、群衆(約350人)で0.1%の誤差でした。最終回では専門家チームで6%、群衆(約60人)で2%の誤差でした。
 こうしてセバーツは、わずか150ドルの費用と42時間の労力で、群衆による予測が正しいことを証明しました。2006年8月、ボランティアチームが結成され、5万ドルの予算を獲得しました。

 セバーツの改革が成功した理由は、政治リスクを最小限にしたということです。
 最初から大きな改革を提案するのではなく、まずは自分の権限の範囲内で小規模な実験を行うことからスタートしました。参加したい人にボランティアで参加してもらって、非公式の実験ゲームを行うことで、反対意見が強固になるリスクを最小限に抑えることができます。
 こうして新しいプロセスと古いプロセスを並存させながら、最終的には新しいプロセスを公開し、改革を成功させました。
 そうです。ミドルでも考えればできるのです。


■ホールフーズ・マーケット

 最後に、ホールフーズ・マーケットの事例を紹介します。
 ホールフーズ・マーケットは、スーパーマーケット界のスターバックスで、ここで買い物をすればおしゃれな消費者だと思われるスーパーです。

 多くの大手スーパーマーケットは、加工食品を売り場に積み上げて陳列し、値引きやクーポン、カード顧客への様々なメリットを付けて売り、全国的なテレビ広告で消費者の需要をかき立てています。
 ところがウォルマートが大幅な値下げと徹底的なコスト削減を始めてから、成長率の頭打ち、利益の縮小、慢性的な労働争議などが問題となり、アメリカの大手スーパーマーケットは不況に陥っています。
 このような中で、ホールフーズ・マーケットはどのようにして今の地位を築き上げたのでしょうか。

 ホールフーズ・マーケットの経営原理は「愛、コミュニティ、自治、平等、透明性、使命」です。若い青年が目をキラキラさせて語るようなことが経営理念として登場しています。
 1980年創業ですので、まだ28年しか経っていませんが、194店舗で60億ドルの売り上げを上げており、アメリカで最も利益を上げている食品小売企業だと言われています。2002年から2007年の売上成長率は、業界平均では3%ぐらいですが、ホールフーズ・マーケットは11%です。
 1992年に株式を公開してから、株価は3,000%アップしています。100万円分の株を持っていたら3,000万円、500万円なら1億5,000万円にもなります。
 フォーチュン誌の最も働きやすい会社トップ100に1998年から毎年入っていて、2007年は5位にランクインしています。
 ホールフーズ・マーケットはこんな夢のような成長をしている会社なんです。

 ホールフーズ・マーケットのビジネスモデルには、前提があります。
 「体によく、おいしくて、しかも環境に良い食品には人々は割増価格を払う」という前提です。(日本の消費者はなかなか割増しを払いませんが)
 この前提のもと、健康志向の消費者に的を絞りました。店舗での買い物を料理の冒険と感じさせるような陳列にし、とびきり新鮮で環境に優しい食品を割増価格で販売しています。また厳しい基準を満たしてさえいれば、それぞれの店が地元で仕入れることができます。
 このようなビジネスモデルで、流行に敏感な人、健康志向の人に好まれる聖なる食品のスーパーマーケットに育ってきました。


■ホールフーズ・マーケットの経営管理

 ホールフーズ・マーケットでは、重要な決定は、その決定に最も直接的な影響を受ける人々によって下されるべきだとされています。
 店舗では、店長ではなく店舗を構成する8チームのリーダーが意思決定をします。価格、発注、人員配置、店舗内昇進などもこのチームが決定できます。
 新人をフルタイム社員にする場合でも、同僚の2/3以上が良いと言わなければ採用しません。能力のない人を採用すると営業成績が落ちるからです。
 チームの業績は4週間ごとに公開され、一定の基準を超えるとボーナスが支給されます。社員は同じ店舗の社員の報酬を知ることができ、給与に対する異議申し立ても可能です。
 店舗の業務データ、財務データも、全ての社員が見ることができます。
 このように、本社からのルールはほとんどありません。ピア・プレッシャー、つまり仲間からの圧力による自治が行われているんです。さぼって売り上げ上がらないと、仲間からプレッシャーを受ける構造になっています。

 また、「人々によりよい食べ物を提供する」という共通の目的でコミュニティを形成しており、この目的が3万人の社員を結びつけ、目的の達成を目指して共に働いています。
 ホールフーズ・マーケットでは、いかなる個人の報酬も会社の平均給与の19倍以下です。平均的なフォーチュン500社企業においては、400倍の給料格差がありますので、かなり格差が小さいと言えます。
 ストックオプションについても、93%は経営権をもたない社員にあります。多くの企業では、75%が5人ないしそれ以下の上級経営幹部に配分されています。
 そして上級幹部は、マズローの欲求の5段階説の自己実現欲求を強化させようとしています。
 これらの取り組みにより、自分の成功を左右するのは遠くの幹部ではなく、自分自身であるという意識を持つことができます。

 ホールフーズ・マーケットでも、経営管理イノベーションの課題に対する独特な慣行を行っています。
 まず、社員に権限を与えながら、同時に規律と集中を維持するためにはどうすれば良いか。これに対しては、社員に大きな裁量権を与えるだけではなく、賢明な決定を下すために必要な情報を与えています。さらに、社員に結果に対する説明責任を負わせています。
 次に、コミュニティの精神が人々を結びつけている企業を導くにはどうすれば良いか。これに対しては、利害関係者は互いに持ちつ持たれつの関係にあると本気で信じて経営しています。また財務の高い透明性を実現し、報酬の格差に上限を設けています。
 最後に、非凡な貢献をするような大きな目的意識を築くにはどうすれば良いか。これに対しては、「ホールフーズ、ホールピープル、ホールプラネット」の追求を、社員にとって利益の追求に劣らず現実的で、実態のあるものにしています。

 経営管理のためには、原理が大切です。恐怖ではなく、愛に支えられた組織を築くんです。
 この原理をもとに、経営管理イノベーションを行うわけですが、経営管理についての従来の考え方は、時として経営管理イノベーションの最大の障害になります。ホールフーズ・マーケットの会長兼CEOのマッケイは、MBAの専門家ではありませんでした。だからこそ、経営の破壊者となることができたんです。
 このような創造的な経営管理イノベーションは、トレードオフの問題をも解決することができます。自由と責任、コミュニティと競争、社会的使命と大きな利益など、対立するものを並置した経営管理を導入できます。

 今日は3つの経営管理イノベーションの例を紹介しました。
 経営管理イノベーションをするのは非常に難しく、トヨタに見学に来たGMやフォードが改革できなかったように、皆さんがちょっといいところを見ても、なかなか改革はできません。ひと束の絹糸ではペルシャ絨毯はできないように、多くの事例から学んだうえで、まずトップが変わり、ミドルが変わるというように、イノベーションに取り組んで戴ければと思います。