Ecology
進展する省エネ
〜地球温暖化防止対策の中で〜
京都大学大学院地球環境学 修士課程 菅原桃子


あれから10年〜京都議定書の発効へ向けて〜

 8月26日から南アフリカ共和国のヨハネスブルグで「持続可能な開発に関する世界首脳会議(環境開発サミット)」が開かれる。リオデジャネイロでの歴史的な地球サミットから10年。持続可能な開発に向けたさまざまな取組みが始められたものの、その歩みは遅く、依然として地球環境の悪化は止まらず、先進諸国と途上国との間で大きく開いた貧富の格差も解消には程遠い。この10年間に世界の二酸化炭素排出量は4億トン増加し、世界で絶滅に瀕しているさんご礁の割合は10%から27%に増大したという。また、世界経済は年間10兆ドル以上成長しているが、世界人口の5人に一人は1日1ドル以下で生活している。環境と貧困の問題をめぐる南北間の対立構造を抱えながらも、温暖化防止へ向けた取組みはもはや待ったなしの実行の段階へと移って来ている。京都議定書がロシアの批准により発行されれば、日本は2008〜2012年の5年間平均で1990年比6%の温暖化ガス排出削減の義務を負う。政府は温暖化ガス削減に向けて、改定温暖化対策推進大綱の中で、部門別目標として、産業部門で90年比7%、民生部門で同2%の削減、運輸部門で同17%増に抑えるとしている。ただ、日本の削減率は実質13%と大きい数値なだけに、産業界が中心となって進めてきた省エネのさらなる強化だけではなく、排出権取引や、エネルギー政策の大転換、生活スタイルの転換や環境税も視野に入れた、さまざまな対応が迫られている。


温暖化防止対策における「省エネ法」の強化

 地温暖化防止対策推進法においては、排出権取引、新エネルギーといった新しい取組みと並び「省エネ」も大きな柱の一つと位置付けられている。今回はこの古くて新しい課題とも言える省エネをめぐる動きについてみてみたい。日本における省エネ対策は、第一次オイルショック以来、産業界では大きく進んできた。その結果、産業部門でのエネルギー消費は、おおむね横ばいで推移してきている(2000年の産業部門の最終エネルギー消費は、1973年比で106)。しかし、一方で、民生部門・運輸部門(*1) は、一貫して大きく伸長している(民生部門は同207、運輸部門は同209)。その背景には、景気の動向にかかわらず豊かさを求めるライフスタイルがあると指摘されている。

 このような現状を受け、1979年にエネルギー資源の有効活用を主目的として制定された「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)」は1999年に地球温暖化防止対策の一環として大幅に改正され、また本年6月にも、再度改正・強化が行われた。省エネ法とは、自動車や家電・OA機器などの製品、および工場・事業場に対して効率基準を定める一種の規制措置である。

(1)エネルギー管理対象業種の拡大
 今回の改正では、エネルギー需要の増加傾向が著しい民生業務部門などにおける対策の強化をはかるため、大規模オフィスビルなどについて、そのエネルギー需要の実態を踏まえつつ、大規模工場に順ずるエネルギー管理の仕組みを導入することや、建築物の建築段階において適切に措置を講ずることを促進する仕組みを導入することが目的とされている。


 既に99年における改正省エネ法の施行やISO14001の認証を取得する事業所の増加によって、省エネは製造業だけでなく非製造業にとっても重要なテーマになってきていたが、その傾向にさらに拍車がかかることになるだろう。今回、業種の拡大によりオフィスビルの他、例えばデパート、ホテル、学校、病院、官公庁、遊園地なども第一種エネルギー管理指定対象として将来的な省エネ計画の作成・提出、定期の報告などが義務付けられることになる。これらを支える制度としてESCOという省エネ支援事業がある。工場やビルの省エネに関する包括的なサービスを提供し、それまでの環境を損なうことなく省エネを実現し、さらにはその結果得られる省エネ効果を保証する事業である。また、ESCOの経費はその顧客の省エネルギーメリットの一部から受取ることも特徴となっている。その他にも、事務所や店舗など業務用ビルの省エネ対策としてBEMS(ビルディング・アンド・エネルギー・マネジメント・システム)への取組みが本格化している。BEMSとは情報技術(IT)を活用して、空調・熱源設備などの各種エネルギー機器を効率的に運用する仕組みのことである。このようにこれからの省エネ対策は、我慢・節約という感覚で取り組みエネルギー消費を抑えるというよりも、利用効率をアップさせ無駄を無くしていくということに重心が移っていくと思われる。

(2)トップランナー方式の導入
 民生家庭部門におけるエネルギー消費の増加は、エアコンを始めとする電力多消費型の家電製品や待機電力消費付き家電製品の普及、そして家電製品の大型化が進んだからだと言われる。運輸部門についても、自家用車の増加や大型化がその背景にある。99年の省エネ法改正における最大のポイントは「トップランナー方式」の導入であった。これは、自動車の燃費や家電製品のエネルギー消費効率などの省エネ基準を、現在商品化されている製品のうち、最も優れている機能の性能に合わせる方式である。この基準に達していない製品を販売しつづける企業は、ペナルティとして社名と対象製品が公表され、罰金が科される。これら機器の使用に係る省エネを行うためには、使用者である消費者の省エネの努力も重要だが、そもそも機器自体のエネルギー消費効率が悪ければ、使用の際に努力しても限界がある。このため、製造事業者等に機器の開発・供給に際し、機械器具そのもののエネルギー消費効率を高めていくように促していくことが必要なのである。家電、OA機器、自動車など対象機器を製造している業界では、winner companyとloser companyとに分かたれることは避けがたく、死活問題として省エネ製品の開発にしのぎを削っている。一方で、省エネ商品を消費者にいかにアピールしていくかも大きな課題になっている。省エネ法に基づき定められた省エネ基準をどの程度達成しているかを表示する省エネラベリング制度が2000年から開始されている。ただし、表示場所は主に製品のカタログに限られ、他の製品との相対的な比較が容易にはできない難点がある。昨夏の調査によると認知率は22%にとどまっている。


この夏、東京都は独自のラベルを使った省エネ商品アピールのためのキャンペーンを実施している。家庭の消費電力の1、2位を占めるという冷蔵庫とエアコンについて、その消費電力量に応じてA〜Dの4段階にランク分けし、ホームページで製品ごとの情報を公開するとともに、都内を中心に約160の協力店舗において、このラベルを添付して商品を販売している。このラベルは、省エネランクだけでなく、販売価格の下に「5年間使用した場合の電気代(目安)」も併記している点が特徴である。省エネラベルの認知度が低く、また店頭での商品選択の場面で効果が発揮できていない現状では、東京都のような独自のラベルを使った試みも取り組む価値はあるだろう。しかし、基準の異なる複数の環境ラベルの併存は、かえって消費者を混乱させる側面も持っており、慎重に取り組む必要はあるだろう。

今後の動き
 (財)省エネルギーセンターの調査によると、業務用ビルにおいて省エネ診断を実施している割合は、微増してきているものの、1割強にすぎない(検討中という回答を含めても2割にとどまる)。製造業を中心とした事業所・工場で実施率が5割以上を占めているのに比べるとまだまだである。また、内閣府による国民生活モニター調査では「省エ型の家電製品や自動車などを利用する」という回答は、32.2%と昨年に比べて6.2ポイント伸びているが、実行率として3割というのは高い値とは言いがたい。新しい温暖化対策推進大綱においては、対策の進展状況は3年ごとに見直し、2004年までの第1ステップでは、規制的な措置は取らず、企業や国民の自主的な取り組みを軸に進めるのが特徴となっている。しかし、事業所などにおける省エネ対策や省エネ商品の普及が遅々として進まないようであれば、省エネをした方が得になるように(省エネ商品を買った方が得になるように)環境税(炭素税)を導入するということも充分ありうる。今後とも、省エネの実効性に注目しながら、その展開を読んでいくことが大切であろう。


(*1)民生部門には家庭部門(家庭内で消費する部分)と業務部門(事務所、小売店、飲食店、宿泊施設などで使用する部分)がある。運輸部門には、人間の移動にかかわる旅客部門と貨物の移動に関わる貨物部門がある。<参考>環境省 http://www.env.go.jp/ 資源エネルギー庁http://www.enecho.meti.go.jp/ (財)省エネルギーセンター http://www.eccj.or.jp/ 日刊工業新聞 地球環境特集(7月25日付)

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