エコロジー研究会
緑の雇用から未来が見える
和歌山県知事 木村 良樹 氏 
エコロジー研究会(H17.05.16) 特別セミナーより


 3年前くらい前でしたでしょうか。この研究会に寄せて頂きました折、「孫子(まごこ)のためにはいくらでもお金を出すのだ」というようなお話をしている方がいらっしゃいました。これはなかなかいいアイデアだと思い、今、和歌山県では「緑の孫基金」と名付けて、孫や子供たちのために緑を何とか守っていこうということになりました。そして「こういうものを結びつけたら何とか和歌山の山をよくすることが出来ないかな」と思ってつくったのが「緑の雇用」です。和歌山は県の77%が山で、民間の人が持っているのが多い。今、材木というと80年ぐらい経たないと切ってもお金にならない。人件費や輸送費を入れると全然儲けが出ないそうです。こう言った状況ですから、山持ちの人はあまり手を入れなくなったそうです。手入れをしている山と手入れをしていない山とでは全然違う。例えば林の中で手を入れていない所は細い木が倒れたりして、また下は岩のようになっている。要するに光が全然差し込まないから新しい草や木が生えてこない。ところが、少しでも枝を刈ったようなところがあると、太陽の光がさして周りには割と色々なものが生えてくる。太陽の恵みも凄いのですが、ある程度すいてやると本当にいい山になって保水力も高まってくる。私自身は田舎の出身ではなく、知らなかったのでつくづくそう感じるのかもしれませんが、都会の人に和歌山県に来て頂いて山の仕事をしてもらおうと考えたわけです。しかも、それを京都議定書の問題とリストラの問題を組み合わせたら、国からもお金がでるような仕組みも出来るだろうと。こうして始めたのが「緑の雇用」です。

 1年目は、緊急雇用対策の基金で半年ないし1年の間訓練し、2年目は県が単独事業で訓練をし、そして3年目、4年目以降には県が色々な仕事を発注することによって森林組合の仕事をつくり、働いてもらう。動き始めてから考えるという仕組みで、最初の半年から1年は国のお金があったから出来た。日本はなかなか急峻な山が多い。木を一本切って外へ出すだけで大変な技術がいるし、それを夏の暑い盛りにやる。大阪や東京で募集をしたのですが、その時景気は悪く大変で、もう並ぶほど人が来た。採用はしても1年経ったら殆どの人が帰りたいと言い出すだろうと予想していたので、「とりあえず1年何とか食べられるような仕組みをつくっておけばいいわ」というわけで始めたのです。ところが、1年やってみると皆が残りたいと言い出した。そうなると、2年目の仕事を考えてやらなくてはいけないということになったのです。ところが、和歌山県は貧乏な県なので、和歌山県で面倒見るわけにはいかない。それで、環境省へもの凄い働きかけをしました。林野庁の人、また国会議員の人たちとも話をして色々なことをやったところ、補正予算で85億円ものお金がついたのです。ところが、補正予算を通年予算にするのは、もの凄く大変なことなのです。しかし、それもうまく調整がついて、「緑の雇用担い手育成対策」として、今75億円の予算がつきました。それで3年目以降は自分のところでやって、4年目以降は実際に働けるようになるということでした。今年でもう1年目が終わりになってしまったので、来年からは「担い手育成」を1年目から使えるようにして、出来たら3年間、国の補助金で1人前になるまでやるようにしたいと思っています。4年目以降の人については、所謂「環境林対策」ということで、これも国の予算をつけて「奥地保安林保全緊急対策」として今年から予算がついたのです。そういうわけで、居たいという人は一生和歌山県内で仕事が出来るような形になったのです。

 それで今、家族を含めて約五百数十人の人が和歌山県へ来て働いています。これは大変うまくいっている。地元の人も都会の人はそんなに頑張りがきかないだろうと思っていたのです。ところが、不退転の心意気と自然が好きで来ているので、皆さんが本当に力一杯頑張るし、田舎も人が少なくなっているし、この頃は地域のお祭りや何かでも彼らが中心的な役割を担っているようです。また、新しく結婚する人も出てきています。住宅まで用意していますから。昔は、簡単に言うと、田舎の人たちは都会から来る人が嫌だった。都会の人たちは、どちらかといえば「田舎へ行ってやる」という感覚があって、ぶつかり合いになってそれで上手くいかなかった。地方の方も、今や人口が減ってきて、通常の行事も限界になってきているので、そういう人が来て頑張ってくれたら嬉しい、という気持ちがもの凄く強くなってきた。都会から来る人も、買い手市場の時にこの制度が出来て、和歌山に来たということを有難がってくれました。しかも、元々そういうことが好きだった人が多いわけですから、摩擦も生じず上手くいっているのです。

 私がなぜこんなことを一生懸命やっているのか?確かに環境問題ということもあるのですが、これから日本の人口はどんどん減っていくということがある。ところが日本人は、明日あるようなことを計算するのが嫌いなのです。年金問題や、老人介護保険のことなど、これからのことが今色々と問題になっていますが、要するに先を見るのが怖いから片目を瞑っている。しかし、60歳の人は10年経つと必ず70歳になっている。70歳の人は80歳になる。ですから先を見ながら、地域トータルの維持を図る政策として、この「緑の雇用」を推進してきた訳です。

 これからの問題の一つは税金です。全てを税金で面倒をみていくというやり方は、まず不健全なのです。だから、まず木材の需要を作っていく必要があるということです。そしてもう一つは、役所だけでやるのではなく、企業みたいなところが環境問題との絡みでそういうことにお金を入れていく。それとそういうことで来た人たちが、ただ単に木材ということではなくて、例えば環境エネルギーであるとか、地産地消であるとか、他の分野へ変わっていきたい人には、変わっていけるような仕組みを作るというのが3つ目です。そのようなことをやることで、今までみたいに工場を誘致するといった形だけない、新しい人口流動を日本の国で起こしていかなくてはならないと思っているのです。これから団塊の世代の人たちが退職をしていく。団塊の世代の人たちがこれから「緑の雇用」で和歌山へ来る、ということはあまりないと思う。ただ、新しい、地方との交流ということを考えれば、団塊の世代の人たちが、次の自己実現のステージを求めてくる所として「地方」といったものが登場することができるのではないかということです。

 それからもうひとつ、今は物凄く国際化をしているということ。一番の問題は中国です。この日中関係はただ単に尖閣列島の問題だけではないと私は思っています。それはやはり資源の問題です。今、レギュラーガソリンは、1リットル当り安いところで117〜118円あたり。この間までは99円だったのです。それが一気にここまで上がる。これは中国が石油を使うということからきている。ですから、中国との関係は需要の場所ができるということの他に、大きな問題が出てきているのです。また、和歌山といえば住金(住友金属工業)と思う人がいると思います。ここにきて住金がもの凄くよくなって、新しく和歌山で2000億円投資することが決まりました。これも中国の関係です。ですから、悪いことも良いこともありますが、環境とか需要といった問題から言えば、「緑の雇用」の材木も中国で売れる可能性が出てきたのです。上海周辺では、マンションの内装は買った人が自分でやるようになっている。そうすると、「日本の杉は匂いが良い」ということで、もう中国との取引がどんどん出てきている。東南アジアでは、丸太を輸出し続けると自分の国の環境が悪くなるということがあって、需給が逼迫してきた。その上、中国は自分の国に木がないということで、日本の材木が使われる時代がもう始まってしまった。だからといって、売れるという理由で、大慌てでやるというのは駄目なのです。ということで、「緑の雇用」はなかなか良かったと思う訳です。このようにどんどん状況が変わってきている。そして、こういうことが全てのことにこれからの日本の行く末には関わってくる。例えば、環境産業というものがあるが、いずれ中国も市場としてもの凄く役に立つ時代がやってくる。いくら中国が広いといっても、そこに13億の人間が住んでいるわけだから、この人たちが欲望を極大限に活動をし始めたら、押さえきれなくなる。その時には、技術の裏付けというものが必要なので、環境問題で色々なことをやってきた日本の技術が売れるという時期が来ると思います。やはり物事は何も消費の事ばかり考えていてはいけない。売るという観点からも考えていけば、日本がこのような環境先進圏となることは、意味があることだと思います。

 この一次産業の問題ですが、和歌山県では今、農業についても「農業やってみようプログラム」というものをつくって、南部氏のパソナ株式会社と組んで和歌山で農業をやる人に色々なトレーニングをしたり、農地を貸してみたりしています。それから漁業でも「青の振興」というのがある。例えば、今までは農業といえばとにかく生産性が低い、生産性は低いけどお金はもらわなくてはならないと。そうすると、コメの値段を高くして補助金をどんどん出すという政策をとってきた。しかし、こういった一次産業の振興策は、はっきり言って駄目なのです。だとすれば、農業をやらなくて良いかといえば、これも全くの間違いです。全く新しい局面に入ったという観点から、第一次産業を更生しなおしたら、これほど夢のあるものはないのです。例えば、日本は世界のマグロの6割くらいを食べている。ところが、マグロも中国の人が美味しいなと食べ始めたら、もう中国にとって代わられるでしょう。沿海のアジとかサンマとかイワシを一生懸命食べないといけなくなる時代が来る。だからそのような状況になった時に、「網の入れ方は忘れました」「もう漁業をする人もいなくなりました」というのでは遅い。そういう意味で言えば、漁業というのは、収入はもの凄く少ないけれども、やり甲斐はもの凄くある。片方では、人に安心感とか生き甲斐とかを与える、人に優しい産業として育成をしていく。片方では、株式会社化して、集約的にやる人に補助金などを出して合理化していく。こういう形をとっていかないと、日本は今後、東南アジアや南米などの国とFTAを結んでいかなくてはいけないのですが、そういう時に、「農業は絶対入れられません」というのは駄目なのです。外から農作物を入れながら、日本の農業も良い形でやっていく。そうしないと、これもまた中国で皆が色々なものを食べだしたら大変ことなります。

 少し誇張しで言えば、稗と粟だけ食べて、共産党のもとで暮らしていたときは、13億いようと実際に地球に対する負荷は、科学的な根拠を持って言うのではありませんが、1千万人程度のことだっただろうと思う。これが13億の人が思いっきり車に乗り、思いっきりものを買いだしたら、これは大変なことになる。それに合わせて日本のシステムも考えていかないといけない。例えば「緑の雇用」も初めは「木は売れないもの」ということで考えていた。しかし、今後は売れていくものだと考えていくし、それから、例えばバイオマスエネルギーであるとかそういう分野も日本が環境先進圏になって、いずれは中国などへそういう技術を輸出するものの先駆けという風に考えていくことで、プラスが出てくるのではないかと思います。これが本当の三位一体だろうと思います。

 ただ、ここで一つ危惧しているのは、このところ景気がよくなってきた。有効求人倍率も上がってきた。なんとなく、フリーターとかニートがいなくなると皆が思っているのですが、今回の有効求人倍率の上がり方は、そういう風なものではないのです。二極化しているということが皆はわかっていない。もう企業も徹底的に削るところは削って、なお国際競争力を上げるために、マンパワーを切り過ぎて不足した。そこを上げるために不足したマンパワーを望んでいる。そうなってくると、やはりそれぞれの人の適性ということがもの凄く出てくる。それはそういったことに価値を見出さない、むしろ自然と一緒に生きていくことに価値を見出す人にも、そういうところではなかなか適正な職場ではなくなってくるかもしれない。そういうことからも、「緑の雇用」も存在価値があると私は思っています。

 そういった施策の一環として、今上手くいき始めているのが、「企業の森」という和歌山でやっている構想です。これは、和歌山の山を企業に借りてもらうというものです。借りるといっても無料です。そして、維持管理と木を植えてもらうときのお金をそこの森林組合に出してもらって、森林組合で「緑の雇用」の人の仕事を創り出していくということを始めたのです。関西電力や大阪ガス、日本たばこ、サントリー、ジャスコ、住金とか、色々な会社が関心をもって、そうして既に和歌山に山をもってくれて、やってくれいるところも沢山あります。非常に企業も好意的です。企業にとっては大してお金がかかるわけがないということで、もの凄くPR効果があるということでやっている。これからこれをもっとやろうとして何をやっているかといえば、これをクレジット制度にしていく。まず、国の機関か何かで、例えば「あなたのところは和歌山県の山でこんなことをやっていて、CO2の吸収についてはこれだけの効果がある」ということをまず認定する。今後CO2の吸収というのは、多分業界ごとに割り当てられます。日本は国としてCO2削減の責任を持っているわけですから、やはり中で割り当てなかったら国としての責任を果たせない。そうすると、沢山CO2を排出していて、自分ところの努力だけでは全部吸収しきれないところへ、自分ところで余っているようなところが売ってあげる。これをクレジット制度というのですが、こういった第二段階としてやってみる。これも国がやはり本腰を入れてくれないといけないので、今、和歌山県の要望として働きかけをしています。

 幸い「緑の雇用」については、自民党、小泉首相も非常に気を入れてくれて、首相自ら和歌山県に来てくれて、「緑の雇用」の人たちとキャッチボールをしてくれたのが、去年。今年になって、3月には民主党の岡田代表が、先月には公明党の神崎代表が来てくれて「緑の雇用」を見てくれました。そして、昨日は、元総理大臣羽田孜さんが議員団を引き連れてきて「緑の雇用」の実態を見学してくれて、1時間ほどディスカッションをして帰られました。ありとあらゆる政党がこの「緑の雇用」ということに関心を持ってくれている。そして今度はこういった人たちが、もう議員連盟みたいなものが出来ているので、働きかけてなんとかクレジット制度をつくり、これで企業の方に山に目を向けさせてみる、というようなことをしてみたいと思っています。ようやく、景気も良くなってきたので、企業としても京都議定書がらみの企業イメージを上げるというエコロジーには、ある程度のお金をだしてくれるような時代になってきている。長野知事とか、千葉の知事で堂本さんが、真似をし始めている。私は別にとられてもかまわない。真似してこそ、初めて日本全国の施策となって、都市から地方への人の流動が始まる。表では綺麗事を言っているのだけれども、本家本元なので、兎に角そういったことは和歌山なのだというブランドは、やはり確立していかなくてはならないと思います。去年の7月に高野熊野が世界遺産になりました。そこで、その熊野古道の近くの山を守るのだという形で、今「企業の森」なんかを売り込んでいっているので、非常に関心が高まってきています。

 いずれにせよこれからは、地域間競争の時代で、和歌山県にもトヨタの工場とかが進出してくれたら、これ以上の嬉しいことはない。万博も開けたら嬉しいし、サッカーのチームも持ちたいし、プロ野球のチームも来てくれたいいが、そういったことを考えるよりは、「自分のところの持つ良さ」というふうなものに、どんな付加価値をつけて地域力というようなものをつけていくということが、一番大事なことだと思ってやっています。それからダイオキシンの問題でも、和歌山では住民団体の人と一緒に手を取り合って、記念碑まで作って、本も出版した。ダイオキシンのジオメルト工法という現地処理工法は、地元の人たちの協力がなかったら絶対出来なかった。これも「和歌山方式」ということでやっています。産業廃棄物の処理についても、ハンググライダーの協会と提携してやる。ゆっくり飛びながら、山の中を見てくれる。廃棄物は、下に居るとなかなか見えないところに捨てられているのです。これからは役所が何でもする時代ではなくて、民間の人たちがやることに、役所がちょっと手助けを出来たらというような時代になってきているので、非常に良くなっているのです。今、和歌山県では、パチンコ業界が県に協力的です。パチンコ屋さんの駐車場は大きい。東南海地震に備えて、そういったところをヘリコプターの発着場にするとか色々な協定を結んだ。何とか協力できるところがあったら頑張りたい、という気持ちがもの凄くあって、そういうものを巧く引き出していったら、非常に厳しい時代だけれども、やっていけるのです。

 ただそういうことをやっていくためには、今までの常識、役所はこういうもの、民間はこういうもの、NPOはこういうもの、そういう風なものをご破算にしないと、なかなかできません。和歌山県でも私がこんなことを始めたとき、非常に抵抗もあった。今でも面白くないと思っている人もいるかもしれない。しかし、物事は熱を生じるところからしかいい変化は起こらない。今、全国知事会の道州制委員会の委員長をしていますが、この道州制も何か変わるから変化が出てくるのです。今日、和歌山県の町村議長会の総会で挨拶をしてきましたが、「私はおたくらのことを一番尊敬していますよ」と言ったのです。町村合併で和歌山でも50あった町村が今度30になる。そうすると、一番影響を受けるのが議員の人たちです。10人いた議員が3人ぐらいになる。それを判ってか判らないでか、合併までもってきた。体を張って抵抗もしなかった。もの凄く尊敬していますとお話しました。何でもやはり物事を変えていくことには、もの凄いエネルギーが必要だと。

 私は柵(しがらみ)のない行政と言うのをやってきたのですが、知事も2期目になるとだんだんと、柵が出てきます。私も、昔ほどきつく言うようなことはしなくなってきた。やはり5年間、能力主義の人事をして、若い人も育ってきて、そしてベテランの人も仕事をやっていくことで、やはり自己実現になるなとわかってきたら、もうそんなわざと角の立つことを言う必要はないのです。それが極度に丸くなり過ぎると、これも具合が悪い。この辺の兼ね合い、そういうところを行政も探しながら、一番県民とか国民にとって最大に効用がなる部分を見出していかないといけないと思うのです。どこのところで折り合いをつけて、一番いいところを見出してくるか。これが一番大事だろうと思っています。これからも、こういうことをやりながら、新しいことを探していく、そのような感じで仕事をしていきたいと思っています。


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