エコロジー研究会
第三者評価時代の到来
Land-Eco副委員長 滋賀県立大学環境科学部教授
川地 武 氏
エコロジー研究会(H18.12.15)より

安全・安心神話の崩壊

 第三者評価の必要性がいろんな分野で言われるようになっている。一番の時代背景は、安全・安心神話の崩壊だと思います。
 例えば食の安全・安心に関して、BSE問題があります。2000年前後から発生し、少しひと段落してきましたけれども、まだ完全に安心して食べられる状態にはなっていない。
 それから我々を震撼させたのは、耐震偽装問題です。マンションの耐震性を設計する際に、データを改ざんして、深度6とか7がきたら壊れるようなマンションがいくつかある。
 それに加えて、発電所・工場等での排気ガスや排水等の諸環境監視、あるいは原子力発電所の耐震性についても、データのねつ造や隠ぺいがあったということが出てきています。


CheckなきPDCA

 同時に、私たちが関わっている土の分野でもそうですが、とにかく非常に高い精度の数値を要求する、あるいはそれを信じ込むという傾向があります。計測技術そのものは非常に高精度化しており、自動化、省力化が進んでいます。そうすると、意味がない数値まで機械がはじき出してくれるんです。それが逆に悪い側面をもたらしているんじゃないかと常々感じています。
 このように、Plan・Do・Check・ActionのPlan・Doはできるんですが、Checkが非常に甘い。ちょっとおかしいんじゃないかという人がおらず、経験者、あるいはベテラン、ご意見番みたいな人が世の中全体でも失われつつある。それは団塊世代の退場が始まっていることとも無縁ではないと思います。
 いくつかの工場災害の事例を見てみますと、やはり前兆となることがいくつかあったんです。通常は安全監督部のような部署に、ベテランの人たちが配属されていたのが、だんだんそういう人たちがいなくなって、事前の危険信号を見逃していたことがかなり大きい。
 これから団塊世代がますます大量に退職されると、CheckをしないでPDばっかりが空回りして進んでいくのではないか、という感じがしております。


プロ化するアマチュア

 二番目に、専門家と素人、プロとアマチュアの差が、だんだんなくなっているんじゃないかと思います。
 例えば工芸品を作ろうと思って、東急ハンズに行きますと、本職の人も趣味でやっている人もそこで買っているんです。あるいは日曜大工センターに行っても、本職の大工さんが買いに来ている。道具なんかは、プロもアマも同じものを使っている時代です。本当のプロというのは、そうそうアマチュアが近づける領域じゃないと思いますが、そういう人を除けば、意外と今は専門家と素人の垣根が低くなっている。
 さらにその背景にありますのは、プロもアマも同じように情報がふんだんに入るということです。インターネットを少しいじれば、過剰なほどの情報が溢れている。こういうところが、第三者評価が必要とされる背景としてあるんだろうという気が致します。


資格制度への不信

 また問題が非常に複雑化しており、当事者だけではなかなか解決し得ないような問題が多くなっているということがあります。
 あるいは、お医者さん・建築士・弁護士・教員など、これまで社会的に見識を有する者として信頼されていた人たちの資格や免許も、必ずしも万能でなくなってきている。それはこの時代の流れが速い中で、ある意味では当然で、免許の更新制などを必要とする時代がやってきています。
 そのうえで、本当にその資格に相応しいことをして戴けるのかということを、さらに評価・検証・認証する必要が出てきている。さらにはその結果をオープンにしていかなくちゃならない。
 すでにいくつかの分野では先行しており、特に航空事故・医療事故などの事故調査の分野では、主に事後の原因究明のための評価が多いですが、これまでも当事者とは別のところが評価することがありました。そこからさらに、日常的に第三者が評価しましょうということが起こってきつつある。
 インターネットで「第三者評価」を検索しますと、一番多いのは介護施設の第三者評価です。他にも地方自治体の在り方に関する第三者評価など、いろんな第三者評価が出てまいりまして、多くの分野が第三者評価を必要としていることが分かります。その延長線上に土の第三者評価があります。


土壌調査・浄化対策の増加

 土地の汚染についての調査・浄化対策は、土壌汚染対策法が施行されてから非常な勢いで増えています。
 土壌汚染対策法は、特定の有害物質を取り扱っている施設の操業を廃止するときは、調査・浄化対策をしなさいという法律です。全てがすぐに調査しなければいけないのではなく、周りに影響を及ぼす心配がないとか、その土地を売ったりする予定がない場合は、調査をしなくても構いません。
 土壌汚染対策法が施行された平成15年から18年の3年間で、該当する有害物質を取り扱っていて、それを廃止したところは2631件あり、そのうち実際に調査が行われたのは570件でした。それよりもさらに膨大なのは、法律の対象ではなく、土地の売買に伴って自主的に調査をされたケースで、平成17年度だけで10,000件を超えているんです。そのうちの約1割が、さらに浄化対策も行っており、非常に多くの調査・浄化対策が行われているという実態があります。


求められる土壌第三者評価

 調査・浄化対策の妥当性に疑問があると、場合によっては裁判沙汰にもなりかねないということが、日本でも起こってきている。米国ではスーパーファンド法がありますが、投じられたお金の何割かは裁判費用に消えたと言われるくらい、第三者的な、公正な判断が求められるケースが増えてきているということです。
 なぜかと言いますと、法律だけではカバーしきれない部分が多すぎるんです。先ほど言いました土壌汚染対策法も、ごく一部をカバーしているにすぎません。
 あるいは行政の担当者も、必ずしもそういう分野について熟知されていないことも多い。日本では縦割り行政が常々問題になりますが、土は農林水産省が扱うことになっており、地下水は飲み水の元だということで、厚生労働省の管轄です。地盤という言い方をしますと、建設分野で国土交通省です。どこへ行ったらいいかもよく分からないし、たらい回しに遭うことも出てくる。さらに、環境省プロパーの人材が育ってない。自治体でも多くの場合そうです。非常に詳しく、ベテランと言われるほどになっている人材が育っていません。
 それでは、行政以外に相談に乗ってくれるところがあるかと言いますと、第三者的なところで公正な判断が仰げるような仕組みが出来上がっていない、というのが正直な状態だと思います。そこで我々が土壌第三者評価委員会を組織したということです。


土壌第三者評価の特徴

 土壌第三者評価では、基本的に評価のためにもう一回調査をすることはありません。当事者が施した調査や浄化対策の情報を、徹底的に精査することが第一です。それに既存の知見を総合して、その中から真実の解を見つけようということです。
 そうなりますと、評価する者の化学的・技術的なバックグラウンドが相当ないと評価できないということになりまして、これが一つの特徴じゃないかと思います。
 土壌や地下水の汚染は、水質汚染や大気汚染に比べると、まだ完全には解明されていない。いくら調査結果があるといっても、所詮は点のデータ、一時のデータです。ですからこれを立体的に、かつ時の流れに沿って解釈するのは、本当に難しいんです。また土地の使用履歴、地盤の構造、地下水の水理特性、土地の造成履歴など、そのサイトの特性によって非常に変化が大きい。それをよく考えながら評価しないといけません。
 それから現在日本で講じられている浄化対策の多くは、まだ技術開発の過程にあるものが多いです。ある程度普及すると、こういう地盤でこの程度きれいにしようと思えば、このやり方をしたらいい、という標準仕様書ができるわけですが、まだそのレベルに達しているものがほとんどないんです。ですから実施者の能力や会社の体制に依存するところが非常に大きい。設計(どういうやり方を採用するか)、施工(対策の実施)、管理(施工がきちんとできているかを管理する)がそろって初めて、浄化対策は有効で、そういうことも含めた評価が必要です。
 もう一つの特徴は、土壌汚染の関連法規は重視しなくちゃいけませんが、それが全てではないということです。土壌汚染対策法でも、例えば試料の採取方法などが一応は決めてありますが、機械的に適用しますと、どうしても漏れが出てきたりします。もっと密に調査をしたらいいのにというケースもあるし、逆にそこまでしなくても、もうちょっとここのところに調査費用をかければいいのにな、と思うこともあります。


土壌第三者評価の精神

 土壌第三者評価の精神を4つ挙げます。
 一つ目はIndependence、独立したものでなければならない。ただしこれは当事者のデータはまったく信用しないというものではありません。
 二つ目は、汚染は化学の現象ですから、Scientificでないといけません。さらにその際に、Practicable、実行可能性がないといけません。技術的な実行可能性も必要ですし、社会的に受け入れられるかという実行可能性、経済的な実行可能性も必要です。ですからPracticably Scientificという言葉がいいのではと思っています。
 三つ目に、評価の途中は公開できないケースもありますが、最終的にはOpenでなければいけません。
 最後に、あまり時間がかかってはいけない。厳密解を求めるあまり、泥沼に陥らないようにしなければなりません。
 こういう精神で土の安全・安心を確保できるようなことができればなあということで、お手伝いをしています。
 よく失敗に学ぶと言われますが、失敗した調査、失敗した浄化対策をきちんと解析すれば、より成功につながる調査、浄化対策が提示できるのではないかと思います。

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