エコロジー研究会
温暖化はどれだけ深刻か
同志社大学経済学部教授 郡嶌 孝 氏 
エコロジー研究会(H19.7.5)より

はじめに

 井上さんから頼まれていた話題は「グリーン・サービサイジングは地球を救うか」だったのですが、都合により「温暖化はどれだけ深刻か」にさせて戴きます。
 グリーン・サービサイジングについてはいずれお話させて戴きたいと思います。
 と申しますのは、産業構造審議会が今後5年間の大きな課題として、エコイノベーションを推進するために、市場産業におけるサービサイジングの導入促進を挙げているからです。我々が経済産業省でグリーン・サービサイジングの中心事業として支援していた事業の中でも、スターウェイ株式会社の物流モデルが第3回エコプロダクツ大賞エコサービス部門で経済産業大臣賞を受けました。今年は楽しい株式会社のメリーシステムが支援する事業となっております。
 また、韓国の商業工業エネルギー省から、韓国でもグリーン・サービサイジングを推進していきたいとヒアリングを受けました。
 これらのことから、この何年かで、グリーン・サービサイジングの事業展開がかなり方向性を持ってくるという気がします。
 なぜ急遽このタイトルにしたかというと、ポスト京都議定書の問題がかなり大きな問題となっておりまして、来週東京で国際シンポジウムが開かれるからです。


地球温暖化についての自然科学的知見

 地球温暖化の深刻化をどう捉えるかについては、一つは自然科学的にどのように地球温暖化が進んでいるか、またその深刻さについての議論があります。

 昨年11月の終わり頃から、色々な自然科学的知見が出てきておりますので、そのうちの4つを紹介します。
 1つ目に、一番大きな影響を与えているのはIPCCだと思います。IPCCには作業部会がいくつかあり、作業が済んだところから報告がなされ、総会で公式な報告書として承認するという手続きをとっています。今年の秋口には、気候変動に関する政府間パネルの最終報告書が出てくるかと思います。
 このIPCCの報告書は、温暖化は進んでいるかという議論に最終的な決着をつけています。つまり、温暖化は疑念の余地なく進んでいる、という内容になっております。
 それから、温暖化には人為説と自然説がありますが、今までは人為説をとりながらも、「人間が温暖化を進めている可能性がある(likely)」という言い方でした。それを「その可能性が非常に高い(very likely)」として、ほぼ断定に近い方向へ進んでいます。
 もう一つ重要な意味を持っているのが、「温暖化がかなり速い速度で進み始めている」ということです。

 2つ目に、温暖化問題を理解する上で、ホリスティックなアプローチで、全体としてどのようなことが起こっているかを理解する必要があります。
 断片的な事実をある程度総合的に理解する上で大きな役割を果たしたのが、アル・ゴアの「不都合な真実」であると思います。ジグソーパズルのように、断片的なものを全部集めたら全体的な像が見えてくる、という内容であります。
 ただアル・ゴアに対しては、今年の3月頃にいくつか批判的な論文も出てきております。アル・ゴアが科学的な論証をする際、意図的に、自然説を唱える科学者の研究を妨害したという事実があるようで、それに対して非常に非科学的じゃないかと言われています。
 いずれにせよアル・ゴアは、ほぼIPCCの方向に沿った、科学的根拠に基づいた一つのホリスティックな視点を見せたということです。

 3つ目に、温暖化がこのまま進むとどのような経済的影響を与えるかを書いたのが、元世界銀行チーフエコノミストのニコラス・スタンによる「スタン・レビュー」です。これは元々、イギリスのブレア前首相の了解の下に、当時財務大臣であったブラウンが、首相になる前に彼のスタンスを示すために作成させたと思われます。従ってスタン・レビューは既に政府公認の報告書になっています。
 その中で、このまま温暖化を放置すると、第二次世界大戦あるいは大恐慌のときのように、25%程度のGNPの減少があるとされています(cost of inaction)。それに対して早めに行動を起こせば、世界のGNPの1%で経済的な影響が回避できるという試算を行っています(cost of action)。cost of inactionとcost of actionを比べ、予見的な原則に基づいて対応することの重要性を強調しています。

 4つ目に、ジェームズ・ラブロックの「ガイアの復讐」という本があります。
 この本については賛否両論があり、環境団体からは批判を浴びています。それは、地球環境問題の深刻さから、もはや我々が考えているような持続可能な発展は望めず、経済と環境を両立させるのは夢のまた夢になってきているという考え方についてです。ラブロックは「持続可能な撤退」として、持続的に豊かさを諦め、軟着陸するためのシナリオを書くべきだと考えています。そのシナリオの一つで、原子力に対して非常に好意的な書き方をしているために、環境団体の批判を浴びています。


国益と地球益は両立するか

 しかし今日お話しするのは、自然科学的知見に基づいた深刻さを社会科学的に考えたとき、あるいは現実の経済社会システムの中でその問題に向き合ったときに、その問題を解決するための政治経済的、社会経済的、あるいは社会政治的なシステムが本当にうまく機能するのかということです。
 私はむしろ、自然科学的な知見に基づいて温暖化が深刻である以上に、社会科学的にも、この問題を解決するメカニズムそのものが深刻な問題をもたらしているのではないかと思っております。

 地球環境問題は、英語で言うと「global environmental issue」です。「international environmental issue(国際的な環境問題)」はありえないわけです。なぜなら環境問題は地球に住んでいるもの全体に大きな影響を与えているので、当然、地球規模(global)で考えないといけないからです。
 そうなると、global commons(世界で共有されている資源、また地球そのもの)を守るために、地球益に立って解決策を見出さなければなりません。
 しかし、人類は地球益に立つということがなかなかできません。internationalな局面の中で、国連を中心に解決しようとしても、各国の代表者として地球環境問題を考えているわけですから、どうしても国益を考えてしまうのです。つまり、国境を越えた問題に対して、国境を前提として解決のメカニズムを創っていかなければならないのです。

 国連が各国間で条約を締結することしかできない中で、希望をもてるのは、地球益により近い形で容易に国境を越えて連携ができる、環境団体やNGOです。国連にはNGOの登録制度があり、登録が認められればオブザーバー中で地位を得たり、国際的な対話の中でロビー活動ができる権限を与えられます。
 北欧社会の中には、政府代表の一人にNGOの代表を入れる試みをしているところもありますが、まだまだ地球益に沿った繁栄は、我々のメカニズムの中に組み込まれていないと言えるでしょう。
 このように、国益と地球益が本当に同じ方向で解決策を見出し得るのか、という問題があり、さらに個人の私益まで追求されるということが、更なる問題を作っています。


京都議定書の中の国益

 京都議定書であろうと、その第一約束期間(第一段階の目標期間、2008〜2012年)であろうと、国益の追求の中で深刻な問題をもたらすのは、恐らく先進工業国と発展途上国における対立です。その中でも、コスト競争の中でインドや中国にどう参加してもらうかということが、一つの大きな問題であると思われます。
 もちろん気候変動枠組み条約には「責任があるのは各国共通だが、その責任には能力に応じた差異がある」という原則があります。しかし今なお、その原則をどう共通の理解としながら取り組んでいくかということが、恐らく一番重要な問題とされています。

 京都議定書では、温室効果ガス排出量の削減率は日本が6%、アメリカが7%、EUが8%となっていますが、この数字を言い出したのは、この時イギリスの副首相であったフレスコットです。京都議定書をまとめられない日本に対し、フレスコットは「このままでは日本は世界から何もできないと思われてしまう」と橋本首相へ議論を持ちかけました。そしてフレスコットと橋本、アル・ゴアの三者が議論し、削減率が決まりました。
 このように、そもそも1997年に京都議定書ができた時から、ある意味では国益の追求でした。

 京都議定書へ合意するにおいても、各国はそれぞれの国益を追求しました。
 EUは国別に削減量が割り当てられることでEUがまとまらなくなることを懸念し、EUバブルという形で、割り当てられた削減量をEU全体で調整するという政策をとりました。
 アメリカは京都メカニズムを利用し、排出権取引を中心に、共同実施、CDMという、3つの政策をとっています。自国で努力するのではなく、他の国から削減量を買うという、アメリカの経済成長に対して影響を与えない政策です。
 日本も森林による吸収を主張しており、京都議定書は各国がそれぞれの国益を追求した結果の妥協的な産物だと言えるでしょう。

 ロシアは2004年11月に京都議定書に批准しましたが、ここにも国益の追求をみることができます。
 イギリスのある環境コンサルタントは、プーチン大統領は迅速に批准するだろうと推測していました。理由として、天然ガスをEUに売り込みたいことと、WTOへの加盟支持をEUに要求したいことの2つを挙げていましたが、これは少しはずれました。

 2004年当時、確かにロシアは天然ガスを売り込もうとしていました。
 しかし今日、プーチン大統領は大ロシア主義をとっています。ロシアを世界に覇権を持った強い国にしたいという政策態度で、国内で絶対の支持を受けています。その中で、プーチン大統領は資源ナショナリズムに変わってきており、天然ガスをEUに売るのをやめようという政策に変わりました。
 その政策により、北欧社会やドイツにおいても、天然ガスが輸入されないのならば、原子力に頼らざるを得ないという考えが強まっています。現在ドイツは原子力を凍結・廃止する政策をとっていますが、これはドイツ社会民主党が政権をとっていた時に始まった政策です。現首相のメルケル氏が所属するドイツキリスト教民主同盟は、以前からこの政策に反対していたので、温暖化防止という名目で原子力発電を始める可能性は高いと思われます。またフィンランドでは、すでに原子力発電所を増設することを決めています。
 一方アメリカは、エネルギーに関してロシアと直接の取引関係はないものの、次のエネルギー政策としてエタノール化を進めています。しかしそれにより、トウモロコシやサトウキビなどの食糧問題を引き起こし始めています。

 またイギリスの貿易産業省高官は、「プーチン大統領は排出権取引の入金機関として、自分の息のかかった機関、あるいは親族経営の機関を準備しており、その進捗状況で批准の時期が決まる」と言っています。
 表面上は温暖化防止だと言いながら、誰もが国益を追求しているではないかと思うでしょうが、これが現在我々が温暖化を解決しようとしている方向です。


ポスト京都を見据えたイギリスの動き

 そんな中で、私が唯一、環境外交で筋を通していると思えるのが、イギリスです。ポスト京都の問題でイギリスの動きは重要であり、イギリスを中心にしてこの問題を見ると、より鮮明に理解できると思います。
 ブレア政権時、G8の会議がグレンイーグルスで開かれましたが、ここで非常に重要な決定がなされています。それは、最終的に出されたグレンイーグルス文書の中で、温暖化は人為説によるものであると認定したことです。

 グレンイーグルスの会議の後、ロンドンでG20の会議が開かれました。これは後にグレンイーグルスプロセスと言われるものになりましたが、発展途上国を含めた20カ国を集め、温暖化対策についての枠組みを創り始めました。
 G20は翌年にもメキシコで開かれ、イギリスの女性外務大臣キャサリン・ハケットが「気候変動の問題は、もはや人類の存在基盤を脅かす問題になってきた」という発言をしました。つまり、安全保障(climate security、気候安全保障)としてこの問題を捉えないといけないということです。
 安全保障の問題であれば、国連の安全保障理事会の問題になります。今までの安全保障理事会は、紛争や戦争、あるいは核の拡散などを人類の脅威としていました。しかし環境問題が人類の脅威として、初めて安全保障理事会で話し合われています。これは重要な意味を持ちます。
 そして、先ほど言いましたスタン・レビューにしても、元世界銀行チーフエコノミストに作成させたのは、世界銀行を巻き込んだ資金援助のメカニズムを創ることが狙いだったわけです。
 このように、イギリスはEUに働きかけながら、国際連合と世界銀行という世界的な機関を巻き込んだ枠組みを、ポスト京都の中に用意してきました。

 京都議定書では、EUバブル全体で温室効果ガスを8%削減するということになっています。この8%はEU各国に割り当てられていますが、その中で削減率を達成しているのは、ニか国しかありません。一つはスウェーデン、もう一つはイギリスです。スウェーデンは+4%まで認められましたが、2004年の段階で−3.5%と7.5%削減したことになります。イギリスは−12.5%を求められていましたが、現在−14.5%と、すでにクリアしています。
 ドイツは21%削減を求められています。今のところ着実に削減し、−17.2%になっています。ただし、旧東ドイツ地域の工場を多く閉鎖したことで稼いでいますから、自力で削減するとなるとまだまだ努力が足りないと言えるでしょう。

 最近はイギリスの色々な取り組みが紹介されるようになりました。イギリスでは市民団体が、カーボンニュートラルという実にイギリスらしいプロジェクトを行っています。これは、例えば発展途上国で石油ランプを使っている人達に、ソーラーエネルギーを与えることによってCO2を削減し、NGOが削減分のCO2を売るというプロジェクトです。CO2を排出していても、発展途上国の削減量を買うことにより、差し引きゼロになるということです。
 また、テスコというスーパーマーケットでは、全商品にCO2をどれだけ排出して作られたかを表示しています。これはCO2を可視化し、消費者を変えていくという取り組みです。このように、NGOにしてもスーパーにしても、市民を巻き込み、なおかつ具体的に先が見える形で展開していくのがイギリスのやり方だと言えるでしょう。
 それ以外にも、イギリスのある研究機関は「既存の省エネ技術や科学技術を全て集めれば、温暖化を2度以内に抑えることができる」という報告書を書いております。

 このように、イギリスは環境対策を着実に進めていますが、最近のエコノミストの特集記事によると、ヨーロッパだけで取り組んでも事態はなんら変わらないとされています。アメリカが動かないと中国もインドも動かないので、イギリスはアメリカに対してプレッシャーをかけ続けているという評価をしています。
 イギリスはアメリカと親密ですし、歴史的にはむしろ先輩ですから、かなりの影響力を持っています。それを最大限行使するために、まず自らが黙々と取り組み、環境対策の枠組みを創りながら、アメリカの動きを促すという作戦が見えてきます。これはイギリスの外交のスマートさがよく分かるところでもあります。


アメリカの環境取り組み

 アメリカは環境対策を全く行っていないかというと、これも間違いです。規模は小さくても様々な団体が活動しています。環境「危機」はリスク(危険)でもあるし、チャンス(機会)でもあるという考え方があり、環境問題をいかにチャンスに変えていけるかという捉え方がなされています。

 またグレンイーグルスの会議で、ブッシュ大統領も温暖化に対する取り組みを行っていくことに同意しています。
 そこでアメリカは温暖化のシミュレーションを行ったのですが、温暖化の果てに氷河期がくるという結果がでました。それに対して国防省が、アメリカを守るためにどうするのかというシナリオを創っております。例えば環境難民がアメリカにどのような影響を与えるのか、また環境難民をどれだけ受け入れるのか、どういった対処をするべきかなどです。
 このことは、アメリカは表では反対しながら、国防上の観点からはしっかりと対策を考えていることを示しています。

 近年、アメリカの環境問題への取り組みの遅れに対して、とりわけ自動車会社にプレッシャーがかかっています。そのため、最大手3社がエタノール車の開発援助をブッシュ大統領に要請しております。その他にも、クライメート・アクション・パートナーシップという、アルコアやGE、デュポンなどの大手企業が環境団体と結びついた組織があり、温室効果ガス削減の義務化を促しています。
 それを受けてブッシュ大統領も「環境問題は安全保障の問題だ」と言いました。しかしブッシュ大統領は「アメリカのエネルギーが危険な地域に依存していることが危険だ」という意味で、安全保障の問題だといっています。つまり、エネルギー供給の安全の問題に変えてしまっているわけです。
 そのような思想のもと、アメリカはエタノール車の生産を進めました。その理由の一つは、ハイブリッド車が日本に負けていることです。そして二つ目は、アメリカの最高裁がEPAに対し、気候変動問題への対策をとらなければならないという重要な決定を下したことです。具体的には、1970年に改正されたマスキー法の規制対象物質にCO2を入れ、自動車会社に対する規制基準をかなり厳しくするとの内容で、自動車会社にはかなりのプレッシャーになりました。EPAの長官も、最高裁の判決が出た以上、何かしら対応すると言っています。

 最も先進的な地方自冶体であるカリフォルニア州では、シュワルツネッガー知事がすでに自動車会社を訴えています。またレバイン議員が白熱灯を禁止する法律を出そうとしています。さらにカリフォルニア温暖化対策法の中で、2020年までに温室効果ガス排出量を25%削減し、1990年レベルまで低下させる法案を出しています。
 2007年の3月には、カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州、アリゾナ州、ニューメキシコ州の五州が協定を結び、温暖化対策に前向きになってきています。
 ビジネス界も前向きで、これをビジネスチャンスとして捉えないと、国際的に競争力を失うことになる、という考えが主流になっています。
 このように、アメリカでも温暖化に対する意識は高まってきており、次の大統領は絶対に温暖化問題からから逃げることはできないでしょう。


おわりに

 そうなると、どうやって中国やインドを巻き込むかが、次の問題として出てきます。
 EUは国連や法的な規制による取り組みと言えますが、アメリカはまた別です。国連の枠組みには京都議定書が入っていますが、温室効果ガスの排出量について1990年レベルからの削減となりますと、アメリカは同意しないでしょう。
 今年ドイツで開かれたG8でも、2050年までに温室効果ガスの排出量を50%削減するとされましたが、どこから50%削減するのか明確にはしていません。おそらくそれぞれが自主的な削減をする中で、中国や韓国を巻き込もうと考えているのでしょう。
 これからの流れとしては、2007年秋にG20が開かれます。また、アメリカでも主要排出国15カ国を集めた会議があります。まさにEUとアメリカで、国際的にどちらが説得力を持つかということになるでしょう。
 また、これらの会議では環境問題についての科学的な知見がはっきりと示されるはずですから、それ以降は懐疑派はほぼいなくなるだろうと思われます。懐疑派が事態を覆すほどの科学的根拠はもう見出せないでしょう。
 問題は、その結果を受けて解決への道のりをどのようなメカニズムで歩んでいくかということです。それこそ今、我々がより深刻に考えなくてはいけないことであります。

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