エコロジー研究会
土地の安全安心は

守られているか
~土壌汚染対策法4年を経過して~
大阪市立大学大学院経営学研究科教授 畑 明郎 氏
エコロジー研究会(H19.7.5)より

はじめに

 土壌は単に土だけでできているのではありません。
 土壌には、土はもちろん水や空気も含まれていますし、様々な動植物の遺体もあります。土の下には一つの生態系があるのです。
 また、「土」という漢字は下の一本線が地面、上の十字が植物を表しています。土は植物や動物の源泉となっているのです。
 つまり土壌汚染は単に土の汚染だけでないのです。地下水の汚染も伴いますし、VOC(揮発性有機化合物)は蒸発して地下の空気や大気も汚染します。土壌汚染はそのような複合的な汚染をもたらすのです。


日本の土壌汚染

 日本の市街地での土壌汚染の始まりは、東京都の荒川の河口(江東区・江戸川区)で起きた六価クロム事件です。
 それから20年以上経ち、汚染土壌は封じ込められ、現在その場所は公園になっているのですが、雨が降った時などに溢れた地下水から六価クロムが検出され、未だに問題が解決していないと言われています。
 非常に皮肉なことに、現在問題になっている築地市場は、この江東区の豊洲に移転しようとしています。土壌汚染問題が始まった場所で、また新たな土壌汚染問題が生まれているのです。

 環境省のホームページによると、土壌汚染の判明事例は平成10年以降、特に平成14年からどんどん増えております。環境基準を超過する事例も400件ほど増え、トータルでは900件近くになります。
 よく検出される有害物質は、VOCと重金属類、農薬です。VOCではトリクロロエチレン・テトラクロロエチレン・シス-1.2-ジクロロエチレンなどの有機塩素系化合物、重金属ではヒ素・鉛・水銀・フッ素などが多いです。農村部では窒素肥料の使いすぎにより、地下水を中心に硝酸性窒素・亜硝酸性窒素などによる汚染が起こっています。全国的に見ると農村部にも工場があるので、VOCや重金属類による汚染は農村部でも広がっています。最近は重金属類と硝酸性窒素・亜硝酸性窒素による汚染事例が特に増えています。


土壌汚染対策法の概要

 そんな中、2003年2月に土壌汚染対策法が施行されました。
 しかし、対象となる有害物質は主に重金属とVOCに限られています。何よりも問題なのは、法律ができてから廃止された工場しか対象にならないことです。つまり2003年2月以前に廃止になった工場は、法律の対象外になっているのです。大阪アメニティパーク(OAP)も東京の築地市場も、法施行前に廃止された工場の跡地でした。
 そのような土地に対しても、都道府県知事に調査命令をする権限が与えられていますが、残念なことに現在、発令された例は全国で4件しかありません。それも鳥取県と岩手県ぐらいで、やはり知事の姿勢も影響してきます。1km以内に飲み水の井戸がある場合などの条件がつけられている場合もあり、これが発令数の少なさにつながっていることは明確です。
 また法施工後に廃止された工場でも、スーパーや宅地等に転用する場合には調査しなければいけませんが、工場にする場合は調査しなくても良いという法律になっております。

 調査対策費用は、基本的には現在の土地の所有者が負担します。汚染原因者が別の場合は請求することができますが、汚染原因者は汚染したということをなかなか認めたがりません。裁判になっている例もありますが、やはり土地の所有者に請求する場合が多くなります。

 汚染物質によるリスクには、直接摂取によるリスクと地下水等の摂取によるリスクがあります。直接摂取とは、鼻や口から無意識に土埃を吸ったり、皮膚からの吸収による摂取です。子どもの場合は土そのものを食べてしまうこともあります。
 これらのリスクの観点から、土壌調査では溶出量と含有量が測定されます。
 溶出量は、中性の水に有害物質がどの程度溶け出すかで判定されます。
 含有量は、人が土壌を直接摂取することにより体内に取り込まれる量を把握することを目的としているので、胃酸で溶け出しうるもののみを測定しています。必ずしも土壌中に含まれている全ての量を測定する必要はなく、厳密な意味での含有量ではありません。

 土壌汚染対策法で定められた対策は、原則として盛土です。上からきれいな土を50cm以上盛るという法律になっています。その他、アスファルトやシートで覆うことも認められています。
 土壌をきれいにする浄化は特別な場合とされており、幼稚園や保育所などの乳幼児が出入りする場所に限られています。
 土壌汚染対策法では地下水の汚染を非常に軽視しています。土は動きませんが、地下水は放っておいても動きます。土をかけるだけでは汚染土壌が残り、汚染が拡散されてしまいます。


土壌汚染対策法の適用件数

 実際にこの4年間で廃止された工場約3100件のうち、調査報告されたものは618件、現在調査中のものを入れても660件くらいしかありません。つまり2割程度しか調査されていないのです。さらに汚染地域として指定されたのは、170件しかありません。
 なぜここまで少ないのかというと、ほとんどの工場が都道府県知事による調査猶予を受けているためです。これは、土地を何に転用するか決めていないと申請することで、調査猶予になる制度です。8割くらいの企業がこの制度を利用しています。

 汚染の可能性がある事業所で最も多いのは製造業で、全国で約65万か所と推定されています。次いでサービス業が28万か所で、合計93万か所ほど汚染地があるのではないかとされています。
 サービス業で調査が望まれる施設としては、軍事基地、空港、鉄道施設、クリーニング店、ガソリンスタンド、病院、理科系の大学、廃棄物処理施設です。これらの施設を合わせると、サービス業だけでも28万か所ぐらいの汚染があるとされています。
 地域別に見ると、工業化が進んだ都市部で多いということがわかります。関東地方が東京を中心に28万か所、近畿地方が大阪を中心に19万か所、中部地方が愛知を中心に17万か所ぐらいです。
 大阪では最近、調査件数が増えており、年間数十件の調査がなされています。しかしこれも氷山の一角だと思います。大阪には古い重化工業タイプの工場が多いので、重金属汚染が多く見られます。

 一方で、これは大きなビジネスチャンスだと捉えられます。社団法人土壌環境センターの推定では、調査費用2兆円と浄化費用11兆円で、合計13兆円に上ります。つまりそれだけの土壌汚染ビジネス市場があるということです。


OAPの土壌汚染問題

 OAP問題では、三菱マテリアルと三菱地所が、土壌汚染の事実を知りながらマンションを販売し、宅地建物取引業法違反に問われました。この事件が、日本の土壌汚染で初めて宅地建物取引業法違反に問われるという、画期的な事件になったわけです。
 ここではマンションの地下水から、基準を大きく超えるヒ素とセレンが検出されました。対象地は三菱金属大阪精錬所の跡地であり、導電体工場や金を取る工場がありましたが、大阪市には汚染土壌は全部処理したと虚偽の報告をしていたのです。

 鉛の汚染分布を見ると、かなり深く地下20mまで汚染されていますし、平面的にも広い範囲で汚染されていました。ヒ素の汚染も深いところまで進んでいます。
 ホテルとオフィス棟は地下40mまで遮水壁が入っています。上部の駐車場の部分だけ汚染土壌を撤去し、その下に汚染土壌を封じ込めたのですが、実際には水が入ってきていました。
 マンションの部分はかなり浅く、20mのSMWしか入っていませんでした。SMWは土にセメントを混ぜた壁で、強度がかなり弱いです。またその外側にも汚染土壌が残っていましたので、不溶化処理(重金属等が溶けにくくなる薬品入れる)をするという対策でした。
 川側の桜ノ宮公園の方では、汚染された箇所をシートとフェンスで囲っているのですが、OAPでは看板も何もありませんでした。

 結局、悪質だということで住民が刑事告訴し、三菱地所の社長や三菱マテアルの会長らが書類送検されました。
 結論的には、住み続ける人については75億円の補償で合意しています。これは購入額のほぼ25%です。マンションを出たい人には、汚染の無いマンションとして査定をし、1割のプラスで買い取って貰えるという条件になっています。このように経済的にはちゃんと手を打ってあります。
 新規調査対策費は45億円程度で、補償費と合わせて120億円ぐらいの費用を三菱が負担しました。

 現在は対策工事を行っており、新たな遮水壁を設けて水が入ってこないようにしています。また、汚染地下水は汲み上げて水位を下げるという方法をとっています。表面の土は2mの掘削、高濃度の部分は5mの掘削です。
 しかし、新規調査や対策はマンションの周りしかしていませんし、かなりの量の汚染土壌と汚染地下水がまだ地下に残されている状態になっています。


近畿地方の土壌汚染事例

 USJでは、現在ジュラシックパークがある場所に7万㎥程度の住友金属の廃棄物処分場があり、そこが一番汚染されていました。ここでは基準値以上の汚染土壌を掘り出し、駐車場の下に埋め込んでいます。
 淀川では、化学工場の跡地に高層マンションを建てようとしたところ、紫色の水と真っ黒の土が出てきて汚染が発覚しました。すでに人が住んでいる団地も汚染されていることが分かったので、基準を超えたところだけ20cm入れ替えています。一番汚染が激しいところはコンクリートで覆って粘土層まで遮水壁を打ち込み、中に汚染土壌を閉じ込めています。しかし水は年間30cmほど、粘土層も年間3cmほど動きますから、完全に封じ込めができているとは思えません。もっとも、汚染地下水を完全に封じ込めるのは技術的には困難です。

 滋賀県はVOCによる地下水汚染が多く、全市町村のほぼ4分の3に汚染が広がっています。
 一番多いのは、名神高速道路の八日市インターから10km×4kmにわたっての地域で、日本一の広域汚染と言われています。八日市インター付近の工場が汚染源になっています。
 2001年には、守山市と野洲市の水道水源で四塩化炭素が基準値を超えているのが発覚しました。県も市もそれを5年間隠し、四塩化炭素を薄めて水道を供給していたのです。野洲川の両側で流域約6km、幅2km以上が汚染されています。現在は野洲市、守山市共に数億円かけて曝気装置を導入し、浄化処理をしています。

 兵庫県の多田銀山の跡地では、水道水源の一蔵ダム付近に新たに鉱山を造ろうとした際、高濃度の鉛が検出されました。
 岡山県の廃油処理工場の跡地では、10cm掘ると真っ黒な土が露出し、常にVOCなどの有害ガスが蒸発しています。実際に発疹ができるなどの人体被害が出ており、まだ解決していません。
 京都府では、日本で一番大きいクレー射撃場で土壌汚染が起きました。鉛の弾丸が原因です。汚染土壌はもう処理されたのですが、地下水汚染はまだ完全には解決していません。下流に井戸水を使っている家もあり、非常に危険です。また水道水源を切り替えようとしているのですが、上手くいっていません。


築地市場移転問題

 次は東京、築地市場の移転問題です。現在、築地市場を豊洲に移転しようとしています。すでにゆりかもめに「市場前」駅が出来ています。
 今年1月にTBSが「噂の!東京マガジン」という番組で取り上げ、その後テレビや雑誌でよく取り上げられるようになりました。去年の秋には1200人の中卸業者が銀座でデモをしまして、「週間ポスト」や「週間金曜日」など、色々な週刊誌でも取り上げられました。
 今年2月には、環境学会が中卸業者の協力を受けてシンポジウムをやっており、これもこの問題が大きくなる一つの契機になりました。

 移転先は東京ガスの本社工場跡地ですが、土壌汚染されています。
 検出されている物質で特に多いのがヒ素、シアン、ベンゼンです。一番濃度が高いのがベンゼン(基準値の1500倍)で、高濃度な汚染であると言えます。ヒ素は試料全体の4割で検出されていますから、かなり広い範囲で汚染されています。
 このような場所に、水産物や青果物などを扱う豊洲市場を配置する計画を立てているわけです。

 調査方法ですが、土壌汚染対策法の施行前でしたので、30mメッシュでしか調査しておりません。土壌汚染対策法では10mメッシュで調査することになっていますので、密度が9倍くらい違います。また深度方向も、土壌汚染対策法では少なくとも10mのボーリングをしなければならないことになっていますが、全体で3m、一部7mしかしていません。
 東京ガスの田町工場では、土壌汚染対策法に基づいて調査をやり直した結果、以前よりも多く基準値を超える有害物質が検出されました。このように、調査方法によって汚染の状態も変わってくるのです。
 東京都はヒ素は自然由来の汚染だと言っていますが、東京ガスの他の工場でもヒ素、鉛、水銀による汚染が出ていますので、工場由来だと思います。また、ヒ素の土壌汚染は表層から7mぐらいまで連続しています。仮に自然由来なら、深いところだけ汚染されるということもあり得ますので、私はやはり工場由来だと思っています。
 土壌汚染対策法に基づいたもっと詳細な調査をするように、環境学会として5月に知事に申し入れをしました。

 また、ゆりかもめの下の道路が低くなっているところから湧き出ていた地下水を調べましたら、pH11前後の高アルカリでした。伝導度も2000ぐらいありました。それを処理もせずにそのまま排水しているのです。
 これを東京都に指摘しますと、国会で環境省が「ここは工場・事業場ではないので、排水基準は適用されません」という答弁をしているのです。通常は建設工事現場でも基準内に収めて流すのが普通だと思います。

 東京都が考えている対策は、基本的には海抜2mまでです。2m程度なら毛細管現象で汚染が上がってきますので、処理した場所は再汚染される可能性が高いのです。
 またベンゼン、シアン、水銀は常温でも蒸発するので、土を被せたりアスファルト舗装をしても、割れ目や隙間から漏れだす危険性があります。

 この度、2007年6月30日に専門家会議の第二回会合が開かれて、地下水を中心に追加調査をすることを決めました。しかしそれでも築地市場の移転は強行しようとしています。


おわりに

 重金属汚染は、昔は鉱山などで起こったのですが、最近は工場の跡地など市街地で広がっています。そういったこともふまえて土壌汚染対策法が施行されたのですが、まだまだ足りない部分が多くあります。

 しかしOAPと築地市場の問題を受け、各省にも動きがありました。
 環境省は国会で「土壌汚染対策法には問題がある」と発言しました。特に過去に廃止された工場の問題などです。
 法務省は「食品を扱う施設も高い安全性が求められるので、住宅用地に加える」という、恐らく築地を意識したであろう発言をしております。

 都市部では工場の跡地にマンションができることが多いので、問題が多いです。
 ですから、過去の工場の汚染問題とブラウンフィールド問題について、恐らく来年辺りに土壌汚染対策法を見直す案が国会に出ると思います。特にブラウンフィールドは、日本でもかなりの面積と資産価値をもっていると言われており、何らかの対策が取られるでしょう。

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